子育てにおける「遊び」の本当の意味|大人も全力で遊ぶべき理由
どーも、サンディと山田です。
先週の大雪、大変でしたね。なかなか雪が降らない地域でも、この前は積もったという方が多かったのではないでしょうか?
さて、雪が積もったらやることは決まってますね。

猫はこたつで丸くなる!
……それもいいんですが。
子どもがいたら雪を見て外に飛び出しますよね?皆さん、雪遊びはしましたか?
ちなみに、サンディは全力で遊びましたよ!小さいけどかまくら作っちゃいました。笑
もう子どもは家の中に入って温まっていたのに、大人の私が一人で庭でかまくらを作っているのは、シュールの極みでございました。

さて、今回は子育てにおける遊びについて考えていけたらと思います。
子どもと遊んでいますか?

早速ですが、皆さんは子どもと遊んでいますか?
「もう大きくなったから勝手に遊んでるよ」という方もいると思います。
ですが、親も時には一緒に全力で遊ぶことをおすすめします。
なぜか?
結論、子どもの本気と向き合えるからです。
教員にとっての「遊び」の捉え方
まずは、教員にとっての遊びの捉えについて。
教員は子どもとの遊びを通して、交友関係を深めることはもちろん、友達との人間関係を見たり、その子どもがどういう人物像なのかを見極めたりしています。
第一に言わずもがなですが、子どもは一緒に遊んでくれる大人が好きです。
子どもだけの遊びは正直カオスですからね。笑
ルールなど、うまくいかないこともあります。しかし、大人が一人いれば整理できますし、何より遊び仲間が増えます。
家では、子どもにとって遊び仲間は死活問題です。親が遊んでくれなければ、一人になってしまいます。
ゲームという強い味方

一人遊びに強い味方がいますね。それがゲームです。
ただ、否定的な方も多いのでは?
ゲームは楽しいです。楽しすぎるから問題になるわけです。
しかし、仲間と遊ぶ楽しさを知っている子は、「一人でずっとゲームよりも楽しいことがある」と分かっています。
仲間と遊ぶ経験をもつためにも、親も全力で遊びたいですね。
(ただ、近頃は複数人でのゲームプレイやオンライン上での交流もできるので、本当にゲームの進化の底がしれませんね。コワイコワイ…)
子どもは遊びに本気
学校ではたくさんの人数がいるので、遊びを通して友達関係やその子ども像が明らかになります。
特に、授業中は寡黙な子でも、遊びには真剣ということがよくあります。
そう、とにかく子どもは遊びに真剣なんです。本気で遊びます。
小学校高学年あたりから遊び方は少し変わり、手を抜く傾向はありますが、基本的に子どもは本気です。
ゆえに、見えなかった本心や思いがよりあからさまに見える場面でもあるのです。
ここは大事なポイントです!
「遊ぶ」と「学ぶ」について
以前、TV番組「世界一受けたい授業」で、伝説の国語教諭と名高い
橋本武先生が「遊ぶことと学ぶこと」について言及していました。
元灘中学校・高等学校教頭でもあった先生です。
そこで橋本先生の著作
「伝説の灘校国語教師の学問のすすめ」
を読ませていただきました。
少し長いですが、関連部分を引用します。
人生や生活を楽しむためには、何もお金やものが必要なわけではありません。自分の心の使い方、考え方一つでさまざまな楽しみ方が可能です。誰にでもできることは、日常生活と違ったことをしてみること。例えば日常生活を離れて、気持ちをリラックスさせるためにちょっと散歩に行く。いわゆるピクニックですが、かつてはこれを「山遊び」「野遊び」などといいました。それから他の土地へ行くことも、かつては「遊び」でした。観光のために行くのも遊び、勉強のために行くのも遊びです。「ロンドンに遊ぶ」「ニューヨークに遊ぶ」といったら、母国日本を離れロンドンやニューヨークへ行って、勉強するという意味でした。今は、「留学」といいますが、昔の言葉では、「遊学」でした。
伝説の灘校国語教師の「学問のすすめ」 橋本武 著
遊ぶような感覚で学ぶことができたら、生徒たちは興味を持ってどんどん成長するのではないか。そんな考え方で始めたのが『銀の匙』の授業でした。とはいっても「遊ぶ感覚で学びなさい」では、生徒はどうしていいかわからないものです。だから知らない間に遊んでいるように持っていくのがプロの教師の仕事ではないかと思いました。(中略)
意味がなくても面白ければいいのです。こうして遊ぶような感覚で学べば楽しいのです。
橋本先生の言葉は深く、日本語の豊かさを感じさせてくれます。よければご一読ください。
話を戻します。
かつては「遊ぶ」と「学ぶ」は近い概念だった。
にもかかわらず、いつの間にか私たちはそれを切り離して考えるようになってしまった。
それはつまらないことです。
私だって「遊ぼう」と言われるのと、「勉強しよう」と言われるのでは、腰が重いのは明らかに後者です。
知ることは、本当は楽しい
水を火にかけると、ぼこぼこ泡が出る。
なぜ?
水が水蒸気という空気に変わっている。
初めて知った人は、
きっと「液体が気体に変わるなんて面白い!」と思ったはずです。
ただ、火遊びをしていただけなのに。
でも今の私たちは、
それを「当たり前」として処理してしまう。
知識が膨大にも積み重なり、現代人の我々には常識へと変わってしまい、
遊ぶ感覚で学ぶことを楽しんでいた感覚が失われてしまったのではないでしょうか。
「まなぶ」の語源が教えてくれること
橋本先生は、「学ぶ」という言葉の語源についても触れています。
「まなぶ」という言葉は、「まねぶ」に由来し、「まねる(真似る)」と語源を同じくします。魅力的な人を見て、自分もあのようになりたいと思い、その人のまねをすることが「まなぶ」だったのです。尊敬できる人を見つけたら、その人のところへ入門し、知識と教養を身につける。昔の塾というのはそういうものでした。
伝説の灘校国語教師の「学問のすすめ」 橋本武 著
学ぶとは、真似ること。
楽しそうに学んでいる大人がいれば、子どもはその姿を真似したくなるはずです。
だから私の結論はこうです。
大人も子どもとともに本気で遊ぶ。
その遊びのなかでたくさんの学びを共有する。
それが既に知っていることであっても、大人はさらに深掘りして学ぶ。
つまりは、大人も一緒に楽しめということ。
子どもは、大人が手を抜いたかどうかに本当に敏感です。すぐ気づきます。
だからこそ、大人が楽しいことに本気で向き合い、遊ぶ感覚で学び続ける姿を見せたいのです。
まとめ|子育てと遊びは切り離せない
- 子どもは遊びにいつでも全力
- 全力がゆえに思いが前面に出てくる
- 大人も一緒に全力で遊ぶ
- その姿を見せることで、遊ぶ感覚で学ぶ楽しさを味わわせる
- 子どもにそういった人生観を持ち合わせてもらえるようにと心より願う
子育てにおいて、遊びはただの暇つぶしではありません。
遊ぶ感覚で学ぶことを楽しめる人の人生は、きっと素敵です。
我が子には、そんな人生観を持ってほしいと、心から願っています。




