「誰の言うことも聞くな」—若手教員に伝えたい、“仕事に狂う経験”の価値
どーも、サンディです!
最近、現場の若手教員と話していて、ふと感じることがあります。
世の中は「ワークライフバランス」全盛期です。定時退勤、業務の効率化、プライベートの充実。もちろん、どれも大切です。
僕自身、二児の父です。家庭の時間も、自分の時間も大切にしたい。無理な働き方で心や体を壊してしまっては、元も子もありません。
だから、「もっと残業しろ」と言いたいわけではありません。
ただ、それとは別に、少しだけ引っかかることがあります。
「効率よくこなすこと」そのものが、働き方の正解になりすぎていないか。
波風を立てず、省エネで仕事を回す。無理をしない。深追いしない。ほどほどのところで切り上げる。それも一つの働き方です。
でも、若いうちから「うまくこなす術」だけを身につけていくのは、少しもったいないとも思うのです。
一度くらい、「もう、誰の言うことも聞かない」くらいの気持ちで、仕事に思いっきり狂ってみてもいいんじゃないか。
そんなことを最近、よく考えます。
「仕事に狂う」とは、長時間働き続けることではない
先に、一つだけはっきりさせておきます。
僕が言う「仕事に狂う」とは、睡眠を削り、毎日遅くまで働き続けることではありません。
自分自身で「ここは勝負したい」「これは、とことんやってみたい」と決めた仕事に、一時期だけ深く潜ることです。
教師の仕事には、単なる業務処理を超えて、学びが一気に深まる瞬間があります。
例えば、研究授業。指導案を何度も書き直す。教材を徹底的に読み込む。地域に出て取材する。子どもの姿を何度も想像する。授業の展開を考えては壊し、また考える。
正直、大変です。時間もかかります。思ったように進まず、何度も頭を抱えることもあります。
でも、そこまで一つの仕事に向き合った時にしか見えない景色があります。
「ああ、この教材って、こんなに奥深かったんだ」「この地域には、こんな歴史があったんだ」「子どもって、こんなふうに考えるんだ」
そんなふうに、自分の知識や見方が広がっていく。それは、効率だけを求めていてはなかなか得られない感覚です。
周りの「そこまでやらなくていい」を、たまには無視していい
仕事に熱中していると、周囲から言われることがあります。
「そんなに頑張らなくてもいいよ」「そこまでやっても給料は変わらないよ」「ほどほどにしておきなよ」
もちろん、心配して言ってくれている場合もあります。だから、その言葉自体を否定したいわけではありません。
でも、その言葉を全部真に受けなくてもいい。
年に一度でもいい。数年に一度でもいい。
「今回は、自分が納得するまでやってみたい」
そう思ったなら、周りの声を振り切ってみてもいい。誰かに命令されたからではなく、自分で選んでやる。その経験には、大きな意味があります。
毎日120点を出す必要はない
僕は、毎日120点の仕事をする必要なんてないと思っています。むしろ、そんな働き方をしていたら続きません。
普段は70点でいい。
資料作成はテンプレを使う。会議は短くする。必要のない仕事は減らす。定時で帰れる日は帰る。それでいい。
ただ、ずっと「省エネで70点」しか出さない働き方に慣れてしまうと、自分が120点を出せることすら知らないままになる。
それは、少しもったいない。
毎日120点を出す必要はない。でも、一度も120点を出そうとしないまま教師人生を終えるのも、もったいない。
だからこそ、ここぞという時だけ振り切る。それ以外は、ちゃんと流す。そのメリハリが大切なのだと思います。
流す時は流す。やる時は、とことんやる
僕が大切にしたいのは、この両極端です。
流す時は、とことん流す。
定時で帰る。家族と過ごす。趣味を楽しむ。仕事のことを考えない。
そして、やる時は、周囲が引くくらいとことんやる。
誰かに評価されるためだけではありません。「自分は、ここまで考えた」「ここまでやり切った」そう自分自身が言えるところまでやる。
その経験が、結果として評価につながることもあります。でも、本当に大切なのは評価そのものではありません。
そこで身についた知識。考え抜いた経験。失敗した経験。うまくいった時の手応え。それら全部が、次の自分をつくります。
一度本気でやった経験があると、「ここまでは自分でもできる」という感覚が残ります。それは、かなり大きな財産です。
仕事に狂った経験は、人生の厚みになる
ワークライフバランスという言葉を聞くと、つい「仕事」と「人生」を別々のものとして考えてしまうことがあります。
でも、仕事だって人生の一部です。
生活費を稼ぐためだけの時間ではありません。学ぶこともある。悩むこともある。誰かと出会うこともある。自分の価値観が変わることもある。
僕自身、教材研究や地域取材を通して、「こんな世界があったのか」と思うことが何度もありました。
授業のために調べていたはずなのに、自分自身の世界が広がっていく。これは、教師という仕事の面白さの一つだと思います。
効率よく終わらせるだけでは出会えない面白さです。
子どもに「夢中になれ」と言うなら
学校では、子どもたちにいろいろなことを言います。
「自分で考えよう」「好きなことを見つけよう」「夢中になってやってみよう」「失敗しても挑戦しよう」
でも、僕たち大人自身が「失敗したくない」「効率よく済ませたい」「面倒なことは避けたい」だけになっていたら、少し説得力がなくなる気もします。
大人だって、夢中になっていい。
自分の意思で選んで、自分の意思で没頭する。周りにどう思われても、とことんやってみる。
そんな経験を知っている大人だからこそ、子どもの「夢中」も本気で応援できるのではないでしょうか。
誰の言うことも聞くな
もちろん、本当に何でも無視しろという話ではありません。
先輩の助言も大切。家族の意見も大切。自分の健康は、もっと大切です。
でも、最後に決めるのは自分です。
「そこまでやらなくてもいい」「ほどほどでいい」
そんな周囲の声を聞いた上で、それでも自分が「いや、今回はやりたい」と思うなら、やればいい。
誰かに強制されて働くのではなく、自分自身のために仕事とタイマンを張る。
そこで得た知見や経験は、誰にも奪えません。
おわりに
「完璧な働き方」の正解なんて、どこにもありません。
毎日遅くまで働く必要もない。いつも全力でいる必要もない。むしろ普段は、もっと力を抜いていい。
でも、人生のどこかで、自分で選んだ何かに、とことん夢中になる時期があってもいい。
年に一度でもいい。数年に一度でもいい。
自分の限界まで考えてみる。とことん調べてみる。やり切ってみる。
そして終わったら、パーッと遊ぶ。また流す。
そんな働き方も、悪くないと思っています。
毎日120点じゃなくていい。でも、自分が120点を出せることくらいは知っておきたい。
だから若手教員に伝えたい。
たまには、周りの「ほどほどに」を無視していい。
自分で選んだ勝負どころくらい、狂ったようにやってみよう。
やる時は、とことんやろうぜ。

