子どもが嘘をついて手を出した日。父として伝えた、たった2つの言葉
どーも、サンディです!
「うちの子に限って、そんなことはしないはず」
そう信じていたい気持ち、よく分かります。
でも、ある日突然「お子さんが、お友だちに手を出してしまったようです」と連絡が入ったら、あなたはどうしますか。
しかも、その出来事について、わが子が嘘をついていたとしたら。
先日、わが家の小学1年生の息子が、まさにこのようなトラブルを起こしました。
今回は、一人の父親として、息子の「嘘」と「暴力」に向き合った、ある2日間のお話をします。
子どもの間違いをただ叱るのではなく、成長のきっかけに変えるために、親として何ができるのか。一緒に考えてみませんか。
始まりは、息子の足にあった小さな傷
事の始まりは、学校から帰ってきた息子のひと言でした。
「今日ね、フリスビーの取り合いになって。相手がキックしてきたから、やり返してキックしちゃったんだ」
足元を見ると、確かに小さな傷があります。「相手に蹴られたのは本当なんだな」と、私は思いました。
その日、学校からの連絡はありましたが、妻が仕事中のため電話に出れず、折り返したときには担任の先生は出張で外に出てしまっていたそうで、学校からの連絡はその日中に来ませんでした。
相手の親御さんはこの件を知っているのだろうか。学校ではどんな対応がとられたのだろうか。
事実の背景が分からないまま、モヤモヤとした気持ちでその日を終えました。
動きがあったのは、次の日の朝。担任の先生からお電話をいただきました。
そこで告げられた「事実」は、前日に息子から聞いていた話とは、まったく違うものでした。
「どうやら、息子さんの方から、相手のお子さんにパンチやキックをしてしまったようなんです」
「相手が先に蹴ってきた」という息子の話と、食い違っている。なぜ息子はそんな話をしたのか。
戸惑いと不安が、一気に押し寄せました。
感情的に問い詰めない。学校の話し合いで見つけ真実
先生にもう一度、子どもたち双方から丁寧に話を聞いてほしいとお願いしました。
学校での聞き取りで、ようやく全体像が見えてきました。
原因は、やはりフリスビーの取り合い。
相手のお子さんに「蹴ろう」という悪意はなく、足がたまたま当たってしまった。それが真相でした。
しかし、その衝撃で痛い思いをした息子は「攻撃された!」と捉え、カッとなって相手にパンチやキックをやり返してしまったのです。
息子の足の傷も、相手からの攻撃ではなく、フリスビーの取り合いの最中で地面に足を擦ってできたものでした。
では、なぜ息子は「相手が先に蹴ってきた」「自分は蹴り返しただけ」と言ったのか。
放課後、息子と話をしました。責め立てるでなく「本当はどうだったの?」と伝えました。
すると、息子は「怒られると思ったから嘘をついた」と話しました。
その言葉を聞き、こう話しました。
「素直に言ってくれてよかった。もしこれでまた嘘をついたら、悪いことをしたままの○○(名前)だった。嘘を認められるなら、次は正せる。」
安心しました。嘘はよくありませんが、一番よくないのは自分がしたことを認めないことです。
嘘をつき続けて、認められない子を何度も見ています。
子どもですから、怒られたくなく即座に嘘をつくこともあるでしょう。しかし、最後には素直に話すということに正の価値観をもたせることが大事です。
事実を確認できた段階で、相手の親御さんに誠心誠意お詫びをしたいと先生に伝えました。連絡先を教えていただき、事の経緯とこちらの非を認めて謝罪をしました。
幸いにも、相手の親御さんはとても温かく受け止めてくださり、子ども同士のよくあるトラブルとして許してくださいました。
しかし、親同士の関係が解決したからといって、すべてが終わりではありません。
ここからが、わが子との本当の向き合い方のはじまりです。
1年生の息子に伝えた、たった2つの言葉
相手の親御さんが許してくれたからといって、「やっていいこと」と「悪いこと」の境界線を曖昧にしてはいけません。
私は小学1年生の息子にも届く言葉を選び、2つの大切な話をしました。
①手を出すことは「弱さ」である
どんな理由があっても、先に手を出すことも、やり返すことも、絶対に良くないということ。
私は息子にこう言いました。
「いいかい。手を出して相手を叩いたり蹴ったりするのはね、強い人がすることじゃないんだ。それは『弱い』ということなんだよ。本当に心の強い人は、相手を攻撃して傷つけたりしない。嫌なことがあったら、しっかりと言葉で話し合って、お互いに解決しようとするんだよ」
暴力が決して格好いいことでも、正しいことでもないというニュアンスは、私の表情から感じ取ってくれたようでした。
②嘘をつくと、成長するチャンスを失う
最後には「怒られるのが嫌だった」と本当のことを話してくれました。
その勇気を、「最後は話してくれてよかった」と改めて息子に伝えました。
一方で、嘘をつき続けることがどれだけ恐ろしいことかは、毅然とした態度で伝えなければなりません。
「もし、これからも嘘をついて、自分が怒られないように誤魔化し続けていたらどうなると思う?
○○(名前)は『自分が悪いことをした』ということに気づけなくなっちゃうんだよ。反省ができなくなっちゃうんだ。
人はね、間違える生き物。
大切なのは、ちゃんと素直に話すこと。自分が悪かったことを認めて、じゃあ次はどうしようって考えること。
それができたら、あなたは今よりもっと、素敵で強い人になれるんだよ」
子どもを恐怖で縛るのではなく、「素直に生きることが、自分の成長につながるんだ」という安心感を渡したい。
そんな思いを込めて、言葉を選びました。
完璧を求めない。親にできることは「言葉の種をまく」こと
正直なところ、この話し合いで、息子が「自分がやったことの重み」を100%理解できたかというと、まだ足りない部分もあると思います。
数日経てば、また小さな嘘をついたり、友だちと小競り合いをしたりするかもしれません。
でも、それでいいのです。だって、まだ小学校1年生なのですから。
大人だって、自分の間違いを素直に認めて謝るのは簡単なことではありません。それを子どものうちに、一度注意されただけで完璧にマスターできるはずがないのです。
子育てで大切なのは、一瞬で子どもを「完璧な善人」に変えることではありません。
親が真剣に向き合って伝えた言葉の種を、子どもの心にそっと植え続けること。
その種は、すぐには芽を出さないかもしれません。
でも、これから先、彼らが選択を迫られたとき、「あのとき、お父さんが言っていたな」「素直に言うほうがかっこいいな」と、心のブレーキや道標になってくれるはずです。
だからこそ、焦る必要はありません。
「まだまだ理解が足りないところもあるよね」とありのままのわが子を受け入れながら、今後も温かく、粘り強く見守っていく。間違えたら、その都度一緒に立ち止まって、また言葉をかけていけばいい。それだけでいいのです。
もし今、お子さんの嘘やトラブルに悩んでいる方がいたら、どうか自分を責めないでください。
それは、お子さんが「一歩大人になるための階段」の前に立っているサインです。
大人の物差しで厳しく裁くのではなく、子どもの目線に降りて、伝わる言葉でナビゲートしていきましょう。
親も子も、みんな成長の途中。
ゆっくり、一緒に大きくなっていきましょうね。
実は、今回のことで、もうひとつ考えさせられたことがありました。それは「学校側の初期対応」についてです。
当日に連絡がなかったことへのモヤモヤや、事実確認のプロセス。「もしあのまま放っておいたら?」「親として、学校とどう連携すればよかったのか?」——そんな新しい課題も見えてきました。
次回は、現役教員でありながら、ひとりの保護者でもある立場として、今回の学校対応から自分が学んだことを書きたいと思います。

