どーも、サンディです!

「最近、うちの子、言い訳が上手くなってきて…」

保護者面談で、そんな言葉を聞くことが増えてきました。

学校でも同じです。

「土日にクラブがあって疲れたので、宿題できませんでした。」

しかも、悪びれる様子がまったくない(笑)。

さて、みなさんならどう返しますか?

「ああ、そっか。頑張ったんだね」と受け入れますか? それとも「いや、それはダメでしょ」と返しますか?

私は後者です。でも、そこには少し複雑な気持ちもあって。今日はそのことを、正直に書いてみようと思います。

「もっと見てほしい」が止まらない子どもたち

最近、教室の中でひとつの変化を感じています。

「常に自分が世界の中心にいたい」

そんな気持ちが強い子どもが、少しずつ増えているように思うのです。

誤解しないでほしいのですが、これはその子たちを責めているわけではありません。むしろ、家庭でたっぷり愛情を受けて育った子どもに多い印象があります。

「大切にされてきた」からこそ、学校という集団の中でも「自分だけを見てほしい」という気持ちが強くなってしまう。

グラウンドでちょっと転んで、擦り傷すらないのに「痛い痛い!!」と大騒ぎ。

心配される、駆けつけてもらえる、注目してもらえる——その構造が、無意識に染み付いているのかもしれません。

「ああ、この子は今、存在を確かめたいんだな」

そう気づいたとき、愛おしさと同時に、この先どう育っていくのかという心配が湧いてきます。

言い訳を受け入れると、子どもは何を学ぶのか

冒頭の話に戻ります。

「クラブが忙しくて宿題できませんでした」

この言葉、よく聞くと実はかなりのことを言っています。

「自分が選んだ好きなことを理由に、やるべきことをしませんでした」

ということですよね。

大人の世界に置き換えてみると……

「趣味の旅行に行っていたので、締め切りが守れませんでした」

絶対に通らない話です(笑)。

でも、子どもに対してはつい「しょうがないね」と受け入れてしまう。そこが問題なんです。

大人が安易に言い訳を受け入れてしまうと、子どもは何を学ぶか。

「言い訳をすれば、やらなくてもいいんだ」

それだけです。

「クラブが忙しいなら、クラブをやめるか、両立できるよう工夫するか。どちらかを選ぼう。」

シンプルだけど、そこから逃げさせない。それが私のスタンスです。

好きなことをやるために、やりたくないことも引き受ける

誤解しないでほしいのですが、「義務を果たすことが最優先」とか「宿題は絶対に正しい」と言いたいわけではありません。

ただ、人生って、好きなことだけでは成り立たないですよね。

好きな仕事をしていても、やりたくない書類作業はある。 好きなスポーツをやっていても、つらい練習はある。 好きな人と一緒にいても、ぶつかる場面はある。

「好きなことを続けていくためには、好きじゃないことも引き受けていく力が必要だ。」

これを小さいうちから身につけていくことが、自立への大きな一歩だと思っています。

親や先生が先回りして「しょうがないね」と責任をあいまいにしてあげることは、優しさのように見えて、実は子どもの成長の機会を奪っていることになりかねない。

これ、自分への戒めでもあります(笑)。

「ユニバーサルデザイン」は、ゴールを下げることじゃない

最近、学校現場では「ユニバーサルデザイン」という言葉をよく耳にします。

一人ひとりの特性に合わせて、関わり方や環境を整えていく。これはとても大切な考え方です。

でも、ときどき「誤解」が生じることがあります。

「あの子はこういう特性があるから、社会性は求めなくてもしょうがない」

——そうじゃないと、私は思っています。

配慮をすることと、ゴールを下げることは、まったく別の話です。

人と関わる力を育てていくというゴールは、どの子にも持ち続けていい。達成するプロセスや方法は、子どもによって違っていい。でも、目指す方向まで変える必要はない。

「この子には無理だから」と大人があきらめてしまうこと。

それはやさしさではなく、子どもの可能性を閉じることになるんじゃないか、と私はずっと思っています。

何度でも、何十回でも、伝え続ける

こういう指導って、正直、めちゃくちゃエネルギーを使います(笑)。

言っても伝わらないし、翌日にはまた同じことが起きる。

「もう許してあげようかな…」と思うことも、正直あります。

でも、そこであきらめたら、私が子どもの成長をあきらめることになる。

だから、根気強く、泥臭く、何度でも伝え続けます。

「人を待たせることは、その人との信頼を少しずつ崩していく。」 「好きなことをやるために、やるべきことをやろう。」 「あなたにはできる。」

派手な教育論じゃなくて、地味で、しんどくて、時間のかかる積み重ねです。

でも、子どもたちがいつかその言葉を思い出してくれたら。少しでもその積み重ねが、彼らの足元を支える土台になれたら。

それだけで、十分です。

まとめ——「受け入れない勇気」も愛情のひとつ

「言い訳を受け入れる」は、短期的には平和です。子どもも大人も楽です。

でも、子どもの将来を思うなら、「受け入れない勇気」も、愛情のひとつなんじゃないかと、私は思っています。

あきらめない教育って、きれいなものじゃなくて、地味で、泥臭くて、繰り返しの積み重ね。

保護者のみなさんも、完璧じゃなくていいです。失敗しながら、一緒に考えながら、それでいいと思います。

「好きなことをやるために、やるべきことをやる。」

この一言が、誰かの心に届いたら嬉しいです。