どーも、サンディです。 今日は学校の話をしようと思います。

授業の話です。

先生方がどのような授業を目指していて、どのように授業を作っているのか。

それが分かると、これからの時代にどんな人物が求められているのかが見えてくると思います。そこを理解できれば、子育てにおける軸も立てやすいのではないかと思います。

先生たちが目指す授業とは?

結論から言うと、私たち教員は「主体的・対話的で深い学び」を目指しています。

…ちょっと何言ってるかよく分からないですね。笑

一つずつ解説します。

① 主体的 言葉の通りです。自分から学ぶことを指します。自分から学んでいく姿勢をもつこと。

② 対話的 これも言葉の通りです。友達や先生、ゲストティーチャー、あるいは資料との対話を通して、学びを整理したり広げたりすることを指します。様々な方との対話を通して学びを広げること。

③ 深い学び これが難しい。我々教員も頭を悩ませるところです。 解釈は幅広いですが、一つの答えとして、「知識と知識を結びつけること」を指しています。

「深い学び」を具体例で考えてみる

【算数の例】

例えば、2桁+2桁の足し算の筆算を初めて習う場面を想像してください。36+12を解くとしましょう。

学校では、いきなりやり方を教えるということはしません。まず「今までの知識を使って解けないか」を考えます。

そこで位取りの学びに立ち返ります。

「36と12を、十の位と一の位に分けてみよう。」

そうすると30と6、10と2。この数を見て、前の時間に習った計算を思い出します。

「30+10なら計算できるよ。10をもとにして、3+1=4。10が4つだから40。6+2=8だから、40と合わせて48。」

「位を分けて計算すれば、2桁+2桁の足し算も解ける」という結論に至ります。

これ、まさに筆算の考え方ですよね。位を揃えて、一の位・十の位と順番に解く。つまり「分けて計算する」そのものです。

位取りという知識と、10をもとにする計算という知識が繋がり、足し算の筆算という新しい学びを得る。これが「深い学び」の一つです。

【稲作の例】

学校で田んぼの一画を借りて、稲の栽培を実践しているとします。そこに稲を食べてしまう害虫が現れた。

子どもたちは考えます。「害虫駆除をするにはどうしたらいいのか。」

「農薬を使えばいいんじゃない?」 「でも、農薬は体によくないって聞いたよ。」 「農家さんは体に害が出ないように少量使ってたりするんじゃない?」 「農薬だけが方法じゃないでしょ。カモを使う方法もあるって習ったじゃない。」 「でも、カモを飼うなんて現実的じゃないよ。無理じゃん。」…

今まで学んできた知識のフル活用です。知らないことが出てきたら調べたり聞いたりして、問題解決に努める。そして、子どもなりの結論を導き出し、実践して、うまくいくか検証する。

この稲作の例、気づきましたか?「主体的・対話的・深い学び」の3拍子が揃っているんです。

  • 害虫駆除のためにどうするか、自ら問題解決に努める ―― 主体的な学び
  • 意見を出し合って、仲間と解決の方法を探る ―― 対話的な学び
  • 今まで学んできた知識と実際の体験を結びつける ―― 深い学び

理想と現実のはざまで

…一つだけ言っておくと、ここまで話してきたのは理想論です。現実的には、こんな授業が毎回できるわけがありません。泣

こんな授業を毎日毎回実践できているとしたら、それは私立で何年もその学校に在籍していて、科目ごとに専任の先生がいるような環境くらいではないでしょうか。

公立の先生方には限界があります。全教科を教える必要がある。校務分掌もある。児童トラブルの対応もある。時間がいくらあっても足りません。

私の感覚では、1日1コマ、力を入れる授業を作る。他のコマは教科書通りに進める、くらいのバランスでしょうか。ちなみに、教科書通り進めることは全然悪いことではありません。教科書は、専門の方々が洗練を重ねて作り込んでいるものなので。

それでも、すべての教員が理想として「主体的・対話的で深い学び」の3拍子を目指していることには変わりありません。

学校が目指す、理想の子ども像

そこから見えてくる「学校が目指す子ども像」とは何か。

私は、**「目の前にある課題に対して様々な角度からアプローチし、仲間と協力しながら解決に向かっていける人物」**だと考えています。

インターネットが普及し、AIがいよいよ台頭してきた時代。知識をたくさん持っている必要はなくなってきています。物知りでなくていい。ChatGPTやGeminiに聞けば、知識は簡単に手に入る時代ですから。

大事なのは、それを使って**「課題を解決できる力」があるかどうか**です。

(とは言え、教員みんなそう思いながらも、今だに知識量で点数を競う受験制度は変わっていない。だから問題を解く力も大事で…なんか曖昧な感じがずーっと続いてるんですよね。笑)

子育ての軸として考えてほしいこと

だからこそ思うのは、子どもに本当に必要なのは「漢字が書ける力」でも「素早く計算できる力」でもない、ということ。

もちろん、あるに越したことはありません。でも、真に求めているのはそこじゃない。

子ども自身が、目の前の課題に対して「どうすればいいか」を自分で考え、解決に向けて動いていく。その過程を大切にすること、その姿勢を支援すること。それが今の時代に最も必要なことだと、私は考えます。

今回は、学校が目指す理想の授業から、今の時代に求められる人物像を考えてみました。

「自分の子どもにどんな人物になってほしいか」を見据えて考えてみると、子育ての軸がつかみやすくなると思います。

今回の話が少しでも参考になったらうれしいです。 ここまで読んでいただきありがとうございました。