子どもの「めんどくさい」は、怠けじゃない。教員が見抜いた”肥大化した不安”の正体
どーも、サンディです!
高学年の担任をしていると、教室で最もよく耳にする言葉があります。
それが「めんどくさい」です。
新しい課題に取り組むとき。
少し難しい問題に直面したとき。
行事の準備で行き詰まったとき。
子どもたちは、ため息まじりに「あー、めんどくさ」と呟き、ペンを置いたり、そっぽを向いたりします。
以前の僕は、この言葉をただの「怠慢」や「モチベーションの低下」として片付けてしまいそうになることがありました。「いいからやりなさい」と、大人の力で無理やり引っ張ろうとしたこともあります。
でも、日々子どもたちと本気で向き合う中で、そして最近受けたある研修での学びを通して、この言葉の裏側に隠された、SOSに気づかされました。
今回は、今の教育現場で起きている「子どもたちの自信のなさ」のリアルと、僕自身が教室で実践している「あえて厳しい事実を伝える」という関わり方について、書きたいと思います。
「めんどくさい」の正体は、肥大化した不安
先日、自己肯定感についての研修を受ける機会がありました。そこで提示された「自尊感情の4パターン」という分類が、あまりにも今の教室のリアルを捉えていて、僕は思わず膝を打ちました。
子どもたちの状態は、大きく4つに分けられます。
※以下の図は、近藤卓氏が提唱する自尊感情の4つの捉え方を参考にしています。自尊感情に関する考え方を参考に、理解しやすいよう筆者が再構成したものです。

1つ目は、「いいよ!大丈夫」と言える子
自己肯定感が高く、安定している状態です。
2つ目は、「まっ、いいか!」と言える子
自尊感情は高くないけれど、低く安定していて、マイペースに生きている状態です。
3つ目は、「どうせ僕なんか…」と塞ぎ込む子
自尊感情が低く、弱く、激しい孤独や不安を感じている状態です。
本来であれば、ここに一番危機感を覚えるのですが、いないとまでは言いませんが、少ないないのも事実。こうなってしまうと、社会的な不適応行動が見られることもあると感じます。
そして、僕が今、一番危機感を抱いているのが4つ目のパターンです。
それが、「いやだ!めんどくさい」と投げ出してしまう子たち
ここ最近、このような子たちが一番多くいるように感じます。
この子たちの心の中は、「肥大化して不安定な自尊感情」に支配されています。
実は彼ら・彼女らは、根は「頑張り屋」で「よい子」なんです。
でも、心の中は「失敗したらどうしよう」「できない自分を見せたくない」という強烈な不安でいっぱいです。
「めんどくさい」という言葉は、怠けたいから出ているのではありません。
「一生懸命やって、それでもできなかったら、自分には価値がないことになってしまう。だから、最初から言い訳を作って、自分の心を守ろう」という、痛切な防衛反応なのです。
これが、「めんどくさい」の正体です。
空虚な褒め言葉が、子どもを追い詰める
この事実を知ったとき、大人はどう接するべきでしょうか。
「そんなことないよ、君ならできるよ!」
「すごいすごい!天才!」
自信がないなら、とにかく褒めて、おだてて、自己肯定感を高めてあげよう。そう考えるのが一般的かもしれません。
でも、僕は教室で、そういう「空虚な自信」を植え付けるような関わり方は、しないと決めています。
なぜなら、子どもは大人をよく見ているからです。
実態が伴っていないのに、ただ機嫌を取るためだけにかけられた言葉の薄っぺらさを、子どもたちは敏感に察知します。
本物ではない自信を持たせても、どこかで必ずメッキが剥がれ、子どもは余計に深く傷つくことになります。
僕があえて、素直に伝える理由
だから僕は、ごまかしません。
「この子はもっとできるはずだ」と信じているのに、逃げ癖を出してやっていない時。
僕はその子を前にして、ありのままの事実をはっきりと伝えます。
厳しい言葉になるときもあります。言われた子どもは、当然シュンと落ち込みます。
でも、僕はそれでいいと思っています。
なぜなら、それは僕がその子の「本当の力」を1ミリも疑っていないからです。
厳しい事実を突きつけるのは、その子への最大の信頼の証です。
もちろん、落ち込ませたまま放置することはしません。必ず最後にフォローを入れ、これからの具体的な一歩を一緒に考えます。
でも、耳障りのいい言葉でごまかすことだけは、絶対にしたくないのです。
本物のリスペクトだけが、自己肯定感を育む
では、本当の意味での自己肯定感は、どうすれば育つのでしょうか。
それは、大人が子どもに対して、心からの「リスペクト」をもつことだと僕は感じています。
コントロールするための「褒め言葉」ではなく、一人の人間として、その子の姿をありのままに見つめること。
そして、大人の僕が心底感心できた部分だけを、自分の言葉で、素直に、真っ直ぐに伝えること。
「さっきのあの考え方、すごく面白かったよ。先生には思いつかなかった」
「最後まで逃げずに向き合ったね。その姿勢をリスペクトするよ」
嘘偽りのない、事実に基づいた「承認」と「感謝」。
それを受け取った時、子どもたちの目には確かな光が宿ります。
「めんどくさい」と逃げてしまう子どもたちに必要なのは、甘い言葉で現実から目を背けさせることではありません。
大人が本気で彼らの可能性を信じ、時に厳しい現実も一緒に直視し、その上で、彼らが踏み出した小さな一歩に、心からの敬意を払うこと。
僕自身も、日々悩み、失敗し、子どもたちと一緒に成長している途中です。
だからこそ、子どもたちを子ども扱いせず、一人の人間として正面からぶつかっていきたい。
彼らの「めんどくさい」の奥にある本音を抱きしめながら、これからも教室で、泥臭く対話を続けていきます。
参考文献
近藤 卓(2013)『乳幼児のこころの育ちを支える 自尊感情を育む保育』エイデル研究所.

